読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

充電

日常

仕事を辞めた。

有給消化すなわち充電期間である。

 

昨日はお散歩、

今日は何ということもせずにスリランカのヴィザでも、と思いパソコンを開いてみたがまだ受け付けないらしい。

 

こんなにぼんやりでいいのかと思ってしまう。

充電だからいいんだ、と思うが、、あっという間に日が暮れる。

 

何かしなければと思うのは現代人の悪いところなのだろうか。

 

何かしなければ。

 

明日死ぬとしたら。

 

少しでもやりたい事の手掛かりをつけることを、と私は誰かに言ったね。

そうだ。

ゆっくり、始めるのだ。

 

先日古代文字の習字を母に勧めてみたらアッサリそんな時間は無いと断られた、それがなんだか寂しいのがちょっとだめだ。

今日少し練習した、こんなに楽しいのに?ねぇ。

寂しいことなど忘れよう。人それぞれ。

 

充電だもの。

 

 

広告を非表示にする

午後の散歩

お茶 日常

秋の夕方はあっという間で

今四時を過ぎたところだけれど

じきに暗くなるような気配がただよう。

 

三時に家を出て30分かけてばら苑へ。 

バラが好きだ。

普段見えないロマンティックなところがここにあるのかもしれない。

美しいと思う。

気取ったバラは好まないが

自然のバラはとても好き。

そのままで。

咲く前のつぼみから朽ちてゆくまでの時間をそこに見る。

虫が遊んでいる、蜜を舐めているのかも。

香りを嗅ぐ。

色を見る。

色褪せる色の変化がみえる。

 

春のばらと秋のばら。

日が射す日と曇りの日、朝と夕暮れ。

 

そして見まわると裏の公園でお茶を飲む。

鳥と虫の声。

枯葉が少し落ちている。

犬を遊ばせている女性。

ジェット機が空を飛んで行く。

雲が少し見える。

雨は降らないようだ。

 

お茶を飲むこと。

こうして外で飲むお茶が大好きだ。

風を感じて音を感じて、葉が散るのを見る。

自分以外のいろいろを感じながら飲むお茶。

たっぷり350cc飲む。

小さな茶杯で飲むのが好ましい。

冷ましながらゆるりと流し込む。

 

子供が二人増え犬ももう2匹増えた。

賑やかなる時間。

 

さあてお暇するとして、散歩の続きをして買い物を少ししてから家に戻ろう。

 

広告を非表示にする

人前で歌を歌う

音楽

人前で歌を歌うこと。

これ、全く得意でないこと、

しかしなんだか続けていること。

 

あれも喋ってこれも喋ろうと思いながら出番まで考える。

他人の歌を目を瞑って聴く。

 

考えることが止まって音楽と共に流れる。

 

あ、話を考えなくちゃと思い直し考える、しかし結局、

大したことは話さない。今日も。

自分のことなど全てまあいいかと思ってしまう。

一応、仕事辞めました、とか屋久島へ行きました、とか昨日ジョアンジルベルトの夢を見ました、とかネタは持ってるつもりだったんだけど。。

 

まあ、そして歌う。

自分を客観的に眺める、ふるえる、

あーまたミュートした、ちょっと調子が外れた、おや案外コルコヴァードの様子が見えるな、とか、、

皆から少し評価をしてもらう、聞いて下さりありがとうと思う。

 

だが次の人のは大抵ボンヤリだ。反省会。

そのうちに気を取り直せる、そして忘れて聴いて。

ご機嫌で家路につく。

 

ああ、皆さん今晩も楽しい音楽の夕べをありがとうございます。

 

なんだかこの出演する人となり、聴く人となりのバランス、心の動きが楽しいなとようやく思えるこの頃なのであります。

広告を非表示にする

両親と

日常

実家にいるということは

もうほとんどべったり両親あるいはそのどちらかと一緒にいることだ。

寝ている時以外は。

 

もう30年近く彼らから離れて暮らしていると、

これがなかなか辛いことだ。

 

時間軸、会話の内容、食事の仕方、テレビ、なんかもうほとんどが、フィットしない。

そこをなんとか騙して寄り添う。

 

車の中では大概眠ってしまうし、あまり話さないし、なんて里帰りだとよく思うけれど。

 

父は私のことを多分15歳くらいの娘だと思っているんだろう、そんな対応。

心配でたまらないと。

だから自然と足が遠くなってしまう、というのもあるかな。

 

気楽な他人といた方がまだ私には楽しい、けれど彼らにとってはやはり私はギフトだと感じる。

 

心配をかけることもあるから、たまには帰って両親のもとで犬のようにべたりと生きていよう。

手伝いもろくにしないけど。

 

それが親孝行かな。

 

 

 

 

広告を非表示にする

旅とは

旅とはなんぞや。

 

新しい物を得るのか。

持ち物を再確認するのか。

必要なのか必要でないのか。

 

結局は私自身が問題だ、それだけなんだ。

 

また今日も旅に出る。

実家を拠点に手伝いなど。

 

しかし忙しい10月もそろそろ終わりにさしかかる。

 

11月は予定がほとんどない。

何もしないってこと、できるのかな。

そんな旅だね。

 

 

広告を非表示にする

旅の終わりに

家に帰るまでが遠足。だから本当はまだ旅は終わっていない。

 

けれどもう鹿児島空港まで来てしまった。

 

私と旅に来たいと思う人はいるだろうか、

と思うが実はどうだっていいことだ。

 

あの断崖を登ったり降りたりすること。毎日死ぬかもなとぼんやり思いつつ、そして今死ぬ訳にはいかないんだと思い直すこと。

バカバカしいけどいつも思ってしまう。

切り立った崖から臨む荒い波。

そんなところで朝ごはんを食べるものではないと思うんだけれど。

その崖の上に建つホテルでドキドキしながら見ているひとがもしかしたらいるのかも。

釣り人だっているから多分平気なのさ。

朝陽と共にあるごはんの時間が一番大切。

 

そして山歩き。たまに道に迷う。

滝を見、水の落ちる音を聞く。

熱くてキラキラ光る温泉に入る。3度目にして冷たい水をザブザブかぶる、ということを知る。

 

宿の主、部屋仲間のはなしをぼんやり聞きたまに何か口を挟む。

血は繋がっていないけれどまるで親戚のような親しみを感じながら過ごす数日間。

 

旅は楽しい。一人だけれど豊かな時間、豊かな経験。

 

行きやすい道がきっとそこに、どこにもあるけれど、何故そこを通らないのかと思うけど、通れないんだ。

何故ならそこは私の道じゃないんだから。

 

私は私の道を歩く。見えないけれど。

広告を非表示にする

今朝のオラクルカード

f:id:mellifluous:20161016053603p:image

 

これはなんというか、よく分からない。

本当の深い意味は他にあると思うけれど。

今から屋久島へ一人で向かう。

もちろん宿へ着けば見知りの宿主らがいるので完全一人ぼっちな訳ではない。

 

よく分からないけど、カードというのは本当に見てるんじゃないかと思う。

素粒子の仕業?天使さん?

 

屋久島へ五日。

崖っ淵で海から太陽を眺めたり滝のそばでぼんやりしたり。

山に登ったり。

 

宿は枕流庵。

自由でとても素敵な場所。

ここがある南屋久島というのは晴天率が高いようだ。朝から晴れていると本当に気分が良い。

近所に温泉があり、そこへ毎日浸かる。

温泉の券は無くしてしまったけれどまた新しく回数券を買うだろう。

熱いお湯の温泉。

 

雨が多い?

私は過去二回行ったが一度も雨には降られない。少しだけ霧のようなのを受けた事はあるけれど。

今頃の屋久島は本当に気持ちがいいんだ。 

 

島へ、旅立つ。朝はちょっと早かったけど何日かの生活を思うと幸せでたまらない。

 

一人ぼっちでいいじゃない!