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エネルギー

日常 ラン ヨガ
エネルギーといっても自分が持っているものの話。

子供の頃はよく疲れたと言っては親を困らせていた。今となっては本当に疲れていたのかなんなのかわからない。シラケ世代といわれてた、なんとなくそんな影響もあったのかもしれないし、疲れた、という言葉をつかってみたいと思う子供心だったような気もする。なんだって言葉は使ってみたいものだ。それがいい言葉か悪い言葉かも理解していない、しかしそれが子供というものではなかろうか。

横道にそれた。 

マラソンやヨガをするようになって感じること、
エネルギーというのは使えば使うほど増えるもの(しかし頭を使う(考えによるもの)と減りがちかな?)と最近特に思う。
身体をしっかり使って動き働くと肉体は少し疲れたと思う、20キロも走ったら疲れたなと感じる。しかしその後ぐっすり眠ると案外疲れは取れて、全く新しい一日が訪れる。
これは私だけが感じるところではないのではなかろうか。

エネルギーを使えば増える、
それはたとえばエネルギー袋がカラダにあるとする、それは使わないと必要がないので小さいが、使うと大きくしなければならないので膨らんでゆく。

エネルギー袋を大きくしよう。
だって、心地よいんだもの。

やり過ぎて身体を痛めないようにね。



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